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小学6年生、中学3年生募集停止のお知らせ

こんにちは。 修英塾の日進校です。 いよいよ夏盛りです。清夏に熱帯夜に蝉の夜泣き(?)が始まると、ああ夏だなぁと、清夏以外はひと昔前とはまったく違う現象に季節の移ろいを感じるのもまたあはれなり、と一句詠みたくなる…訳でもなく。 さて、そんな話はどうでもよく…。 今回は、残念ながら満席のお知らせになります。 以前よりお知らせを出しておりましたが、いよいよ小学・中学の受験学年は満席により新規募集停止とさせていただく運びとなりました。 まだまだ助けてほしいというご家庭が多くある中での断腸の思いによる決定です。 何卒ご理解ください。 もちろんご相談などは公式LINEにて承っております。 ぜひご相談ください。

「あと1年」では間に合わない?受験で差がつく本当の国語力を育てる「3年間の低学年国語学習コース」のご提案

こんにちは。修英塾の日進校です。 当塾には、小学生から大学受験を控えた高校生まで、多くの生徒たちが通っています。 6月くらいから急に増えるのが、受験生になってからの駆け込みのご相談です。「中学受験(あるいは高校・大学受験)まであと1年を切ったのに、国語の成績が全く上がらない」「他教科の勉強は進んでいるのに、現代文のせいで全体の偏差値が伸び悩んでいる」という、切実な危機感を抱いた親御様や生徒さんたちが多くやってこられます。 実はここで多くの方が同じことを言われます。 「そろそろ国語をやらないといけないから。」 ……。 ええ?受験まであと半年しかないですが…。 ということで、どうやって国語を上げていくかの説明から始め、残念ながら 「国語の読解力は、受験直前の1年で急激に伸ばすことが最も難しい科目である」という説明をしなくてはなりません。当然ショックを受けられる方もおられます。 この時間が結構つらい…。 国語は、すべての学問の土台となる「言語力」そのものです。一朝一夕の一問一答や、直前の詰め込み、テクニックの暗記だけで太刀打ちできるものではありません。 実際に、一般的な指導の流れを説明すると ①現在の国語力によりますが、2学年下の文章で読み方の練習をする。 ②同時に語彙力を身に付けていく。これがないと、国語力が積み上がりません。 ③読み方を覚えてある程度表層的に理解ができるようになる。 ④対比や因果関係(AだからB)などを読み解く練習をする。 ⑤ある程度レベルが上がったら文章の学年レベルを1つ上げて同じことを繰り返す。 いかがでしょうか。受験学年半ばになって簡単に解決できる問題ではないことがよく分かると思います。国語は、とっても時間がかかる教科なんです。 だからこそ当塾では、入試直前に慌てることのないよう、早い段階から確固たる国語の基礎を築くための「小学2年生から小学4年生までの3年間を国語力を育てる期間にする低学年国語学習コース」を新たに新設いたしました。 なぜ、まだ受験まで何年も時間がある低学年の時期からの国語学習がこれほどまでに重要なのか。その理由を、昨今の受験事情や具体的なデータを交えながら詳しくお話しします。   ① 低学年からの国語学習がいかに大切か 多くの方が「国語は日本語だから、普通に暮らしていれば自然とできるようになる」「本格的な対策は高学年になって塾の模試が始まってからでいい」と考えがちです。しかし、これは大きな誤解です。低学年からの国語の学習は、子どもの将来の学力を決定づけるほど極めて重要です。 脳の発達と「言語の器」 人間の脳は、10歳前後(小学4年生頃)までに言語を司る領域が大きく発達し、思考の癖や言語の受容能力(=言語の器)のベースがほぼ完成すると言われています。 通常、論理的な話が理解できなかったり、話すことができなかったりする、いわゆる国語が苦手な子と言われる子どもの頭の中はどうなっているのかと言うと、言葉が無秩序に広がりまったく整理されていない混沌とした状態になっています。 現代文のカリスマと言われる出口汪氏は、この状態を「カオス」と呼んでいます。 「カオス」の状態では、物事の秩序だった理解ができません。 また、その状態で慣れてしまう(固定されてしまう)ため、論理を教えても理解ができないのです。 ですから、国語ができる、というのはこの「カオス」の状態を解消することが先決です。 この言語の器が小さいまま高学年になると、難解な文章を理解する素地がないため、一定以上の難易度の文章に対し理解ができないまま学年が上がっていくことになるのです。 低学年の3年間という時間は、まさにこの「言語の器」を限界まで大きく広げるための、人生で一度きりの黄金期なのです。   ② 意識が高い家庭が、算数の計算よりも「幼少期の国語力」を重視する理由 教育熱心なご家庭や、長期的な視点で子どもの学力を伸ばしているご家庭ほど、実は幼児期から低学年にかけて「算数の先取り計算」よりも「国語力の向上」に圧倒的な力を注いでいます。これには明確な理由があります。 計算力は「後からでも追いつける」 もちろん、算数の計算力が不要なわけではありません。しかし、計算は「ルール(アルゴリズム)の習得と反復練習」によって、ある程度の年齢になれば短期間で爆発的に習得することが可能です。小学1年生が1年かけてやる計算を、高学年の子がやれば数週間で理解できることも珍しくありません。 国語力は「一気に身に付かない」 一方で、先ほども言ったように、語彙力、行間を読む想像力、論理的な思考力といった「国語力」は、一朝一夕の反復練習では身につきません。日々の読書、親子の会話、言葉への興味の積み重ねといった「時間の洗礼」を経て、ゆっくりと細胞に染み込むように育つものです。 「算数が得意な子」の正体は、国語力が高い子 「うちの子は算数が得意だから、国語は後回しでいい」とおっしゃる保護者の方がいます。しかし、ハイレベルな算数や数学の問題に挑戦するとき、本当に必要なのは計算力ではなく「読解力」です。 正しく言えば、「原理原則を正しい方向に論理で発展させる言語能力」です。 算数や数学、物理化学の応用というのは、因数分解していけば必ず原理原則にたどり着きます。 つまり原理原則を論理的に理解して飛躍させられることが応用問題を解く唯一の方法と言っても過言ではないでしょう。 だからこそ意識の高いご家庭は、「国語力こそがすべての教科のインフラ(基盤)である」ことを知っています。国語というインフラが未整備のまま、その上に算数や理科という建物を建てようとしても、土台が脆いために高層建築(難関校対策)には耐えられず、途中で崩壊してしまうのです。   ③ 学年が上がると、国語力(特に読解力)不足でなぜ苦労するのか では、国語の基礎がないまま学年が上がると、具体的にどのような問題が生じるのでしょうか。 全教科の文章題が「読めない」という悲劇 近年、日本の入試制度は大きく変化しています。中学入試、高校入試、そして大学入学共通テストに至るまで、共通しているトレンドは「問題文の長文化」と「思考力・表現力の重視」です。 算数・数学の例: かつての算数の入試問題は、シンプルな数式や図形が中心でした。しかし現在は、数ページにわたる会話文や、実験データ、日常生活の課題を解決するシチュエーションが長文で提示され、「何を求めるべきか」を自分で読み解かなければならない問題が多くなっています。計算力は完璧なのに、「問題文の意味が分からないから、立式ができない」という理由で 理科・社会の例: ただの暗記知識を問う問題は減り、初見の文献やグラフ、複数の資料を読み合わせ、設問の意図に沿って記述させる問題が増えています。これは知識の試験ではなく、もはや「国語の読解記述試験」そのものです。 【データが示す現実】読解力と全教科の相関関係 ここで、世界的な学習到達度調査(PISA)や、国内の大規模な学力調査のデータに目を向けてみましょう。 さまざまな教育研究において、「小学校低学年・中学年時の国語の読解力テストの点数と、中学生・高校生になったときの英語や数学(算数)の成績には、非常に強い正の相関関係がある」ことが証明されています。 つまり、国語ができる子は高学年以降に他教科も自然と伸びるのに対し、国語ができない子は、いくら他教科の塾に通わせても成績が頭打ちになるというデータがはっきりと出ているのです。 恐ろしいですね…。 受験生(高校生・現代文)が陥る「精神年齢の壁」 高校生になって現代文の成績に悩む生徒たちを見てみると、さらに根深い問題に直面しています。 大学入試の現代文で出題されるのは、「他者論」「身体論」「近代批判」「AIと人間」といった、抽象度の高い哲学・論理文章です。 これらを読み解くには、単に文字が読めるだけでなく、精神的な成熟や、言葉を通じて社会の仕組みを理解している必要があります。低学年の頃から言葉に触れ、思考を深める習慣がなかった生徒は、高校生になってどれだけ現代文の解法テクニックを学んでも、そもそも本文が扱っている「概念」そのものが理解できず、完全に置いていかれてしまいます。 具体的な指導内容は書きません 当塾の「小学2年生から4年生の国語学習」では、目先のテストの点数を追うような、安易なテクニック指導ではなく、あくまでも子どもたちの頭の中にある「言語の土台」を耕し、豊かなものにすることです。 文章を読んだときに、その情景が頭の中に鮮明に浮かぶか。 言葉の細かいニュアンスの違いに気づくことができるか。 自分の考えを、主語と述語の通った正しい言葉で組み立てられるか。 そうした、一生モノの「本物の国語力」の根っこを、3年間かけてじっくりと、丁寧に、そして確実に育てていきます。   最後に:ご家庭に向けて 「まだ小学2年生だから、塾は早いかしら」 「4年生になってから中学受験塾に行けば間に合うだろう」 そう考えているうちに、子どもたちの貴重な「言語の黄金期」はあっという間に過ぎ去ってしまいます。そして高学年になり、模試の偏差値を見て愕然とし、入試の1年前に「どうしてうちの子は文章が読めないのだろう」と頭を抱えることになるのです。 入試の1年前になってから、焦って国語の個別指導に駆け込んでも、塾は魔法使いではないため、3ヶ月や半年で読解力を劇的に変えることはできません(もちろん、受験テクニックで数点上げることは可能ですが、それは本質的な学力ではありません)。 子どもが勉強を嫌いにならず、言葉の楽しさを知り、すべての学問の基礎となる強力な武器を手に入れるためには、低学年での学習がベストなのです。 高学年になってから「国語のせいで行きたい学校を諦める」という後悔を、お子様にさせないために。ぜひ、この3年間を当塾に託していただけませんか。 もちろん3年生や4年生からだっていいのです。 言語脳の訓練をできるだけ早いうちからさせてほしいと考えています。 皆様からのお問い合わせを、教室にて心よりお待ちしております。 ⇒「高学年から成績が下がり始める?国語力が弱いと起こるさまざまな弊害」 ​​​​​​​

高学年から成績が下がり始める?国語力が弱いと起こるさまざまな弊害

みなさん、こんにちは。修英塾の日進校です。 なんだかショッキングな題名ですみません…。 今回は、日頃から多くのお子様や保護者様と接する中で、特にご相談をいただくことが多い「学年が上がるにつれて生じる勉強の行き詰まり」について、少し深く掘り下げて書いてみたいと思います。 少し長い文章になりますが、お子様のこれからの学習の進め方において、非常に大切なお話になりますので、ぜひ最後までお読みいただければ幸いです。 このような「学習の悩み」に心当たりはありませんか? 塾を運営していると、学年ごとにさまざまな学習相談が寄せられます。その中でも、特に多くの方が直面されている具体的なお悩みをいくつかご紹介します。 【小学生の保護者様からのご相談】 「公文で高校内容まで先取りして計算をやっていたはずなのに、小学4年生の後半くらいから、算数の文章題になると急に点数が落ち始めてしまって……」 「学校の小テストや単元ごとのカラーテストでは、いつも100点や90点以上を取ってくるのに、塾の公開模試や実力テストになると、見たこともない問題に手が出ず、点数が全く取れなくなってしまいます」 【中学生の保護者様からのご相談】 「中学生になってから、定期テストの前には学校のワークを3回も5回も繰り返し解き直して、暗記できるくらい勉強しているはずなんです。それなのに、模試の初見問題や理数系の応用問題になると、どうしても手も足も出なくなって、偏差値が下がり続けているんです……。勉強時間は増えているはずなのに、どうして結果に結びつかないのでしょうか」 【高校生の保護者様からのご相談】 「理系志望の高校生で、数学や理科の計算自体は得意なのですが、原理原則から応用していくことができず、共通テストの模擬試験になると、初見の問題を見て解き方が思いつかずなんとか思いついたとしても時間の制約で最後まで解ききることができません。」 このようなお悩みは、決して特殊なケースではありません。むしろ、非常に多くのお子様がどこかのタイミングで直面する、普遍的な壁だと言えます。 実は、多くのお子様を見てきて、様々なデータを取ってきた私なりに、確信をもって言えることがあります。 それは、高学年から徐々に成績が下がり始めてしまったり、学年が上がるごとに勉強の手応えを失っていったりするお子様には、ある共通の背景があることが多い、ということです。 それは、「国語力(基礎的な読解力・識字力)の不足」が、他の教科の学習の足を引っ張ってしまっている、という事実です。 「算数や数学、理科の成績が下がっているのに、原因が国語力にあるの?」と、不思議に思われるかもしれませんね。しかし、すべての教科の教科書や問題文は、当然ながら「日本語」で書かれています。 この日本語の土台が揺らいでいると、どれだけ他教科の知識を詰め込もうとしても、どこかで必ず限界がやってきてしまうのです。 実際に、国立情報学研究所教授および一般社団法人教育のための科学研究所代表理事・所長を務める日本の数学者・教育工学者で、人工知能(AI)の技術的限界や、AI時代を生き抜くために必要な「読解力」の研究・啓蒙活動で広く知られている新井紀子氏も同様のことを言っています。 実際に彼女は、真面目で国語以外はとても優秀な中学2年生女生徒の成績データを見て、「この子は中3になって成績が下降しはじめやがて頭打ちになる」という予想を言い、学校の教師は否定したが、1年後本当に成績が急下降し始めたことが新井氏の著書でも紹介されていました。そのような予想をした理由は国語力の不足だったそうです。 実際に小学校、中学校、高校の各段階で、国語力の不足がどのように他の教科へ悪影響を及ぼしていくのか、その具体的なメカニズムを詳しく見ていきましょう。   ① 小学校で起こること:「小5の壁」と公式の丸暗記 まず、小学校高学年で起こる現象についてです。 小学3年生くらいまでは、算数における賢さの基準といえば、「理屈を知らなくてもできる単純計算を、いかに人より速く、正確に解くか」であることがほとんどです。そのため、計算の反復練習をたくさんこなしてきたお子様は、テストで常に高得点を維持することができます。 しかし、小学4年生の後半から5年生にかけて、いわゆる「小5の壁」と呼ばれる大きな転換期がやってきます。 算数では、これまでの単純な数字の計算から、「割合」「速さ」「図形の性質」といった、抽象的な概念を扱う文章題が急激に増えていきます。また、「AだからB」といった単純ではあるものの、論理的に順序立てて考える必要のある問題も出てきます。 この段階に入ったとき、国語力が不足しているお子様の脳内では、以下のような現象が起こり始めます。   問題文や計算式が表している状況を、正しく言語化できず頭の中でイメージできない 文章題を読んだときに、その問題が「全体の中でどの部分を指しているのか」「数量がどのように変化したのか」という状況を、言葉を使って整理し、頭の中で映像や図に置き換えることができません。 問題文の日本語の表面だけをなぞってしまい、状況が全くイメージできないため、「どの数字とどの数字を、どう計算すればいいのか」が分からなくなってしまうのです。   計算を言語化して理解しておらず、応用がきかないことで公式などが丸暗記になってしまう なぜその計算式が成り立つのかという理屈(理由)を、自分の言葉で説明(言語化)して理解していません。そのため、応用がきかなくなり、「はじき(速さ・時間・距離)」や「割合の公式」などを、ただの記号として丸暗記することになってしまいます。 いわゆる、「この問題は、こう解けばいい」の覚え方ですね。 公式を丸暗記しているだけなので、問題のひねりや条件が少し変わっただけで、どの公式を当てはめればいいのかが判断できなくなります。 言語化をして理解をしていないため、AだからB、したがってCのように段階を踏んで応用をすることができないという現象が始まります。複数の条件を組み合わせて論理的に答えを導く問題に出会ったとき、一歩目から思考が停止してしまうのです。この小4、小5のタイミングで「文章題が全く解けない」という形で一気に表面化してくるのです。 それまでの「計算の速さ」というアドバンテージ貯金が底をつき、急に算数が苦手科目に変わってしまうのは、こうした背景があるからなのです。   ② 中学校で起こること:初見問題・理数系での「ワーク暗記」の限界 次に、中学校に進学してから起こる現象についてです。 中学生になると、定期テストの範囲が明確になり、学校から配られるワーク(問題集)の量も増えます。真面目で努力家なお子様ほど、テスト前にはそのワークを3回も5回も繰り返し解き直し、問題と答えを暗記する勢いで猛勉強を重ねます。その結果、学校の定期テスト(ワークと酷似した問題が出やすいテスト)では、ある程度の高得点を維持できることがあります。 しかし、一歩外に出て、実力テストや模擬試験、あるいは高校入試の過去問といった「初見の問題」に対峙したとき、これまでの暗記が通用しなくなります。特に、数学や理科の応用問題、新傾向の思考力を問う問題において解ききれず、偏差値が下がり続けるという事態が発生するのです。 国語力が弱い状態のまま中学校の学習を進めると、以下のような悪循環に陥ります。   日本語の構造や論理関係が掴めていない 中学校の数学や理科では、問題文が数行にわたり、複数の条件や実験のプロセスが複雑に記述されるようになります。国語力(特に主語と述語の関係、修飾語の係り受け、指示語の指す内容、主題の因果関係など)が正確に掴めていないと、問題文を読んでいる途中で「何を前提としていて、何を求められているのか」の迷子になってしまいます。   「解法の暗記」に頼るため、パターンから外れると手も足も出ない ワークを何度も繰り返す勉強法自体は悪くありませんが、国語力が不足している子は、解説に書かれている「論理の筋道」を日本語として深く理解することが苦手です。その結果、解説に書いてある解き方の手順そのものを「パターン」として暗記しようとします。 しかし、模試などの初見問題では、そのパターンをそのまま適用できないように問題が作られています。文章の中から必要な条件を抽出し、自分で論理を組み立て直さなければならないため、問題文の日本語の構造を正しく読み解けないお子様は、解法の引き出しを開けることすらできず、手も足も出なくなってしまうのです。 「勉強時間はこれだけ確保しているのに、模試の偏差値が上がらない」という悩みの本質は、勉強量が足りないのではなく、問題文を正確に読み解くための「読解の土台」が不足していることにあるケースが非常に多いのです。   ③ 高校生で起こること:共通テスト理系科目における「長文化」への敗北 さらに学年が進み、高校生、そして大学受験の段階になると、この国語力の差はよりいっそう残酷な形で現れます。 近年の大学入学共通テストにおける大きなトレンドとして、「全教科にわたる問題文の圧倒的な長文化」が挙げられます。これは国語や英語といった文系科目だけでなく、数学や物理、化学、生物、さらには公共や歴史といったすべての科目に共通する特徴です。 理系を志望し、数学の計算能力や理科の知識体系を十分に持っているはずの高校生であっても、国語力が不足していると、次のような致命的な弊害が起こります。   会話文や資料を組み合わせた複雑な設定を読み解けない 現在の共通テストでは、単に公式を使って計算させる問題はほとんど出題されません。「太郎さんと花子さんの会話」から始まり、複数の実験データやグラフ、対比される複数の仮説テキストを読み込ませた上で、状況を整理して立式させるような問題が主流となっています。 ここで求められるのは、純粋な数学や理科の力というよりも、膨大なテキストから必要な情報を瞬時に仕分け、構造化して理解する「高度な読解力」そのものです。国語力が低いと、問題文の設定を理解するだけで膨大な時間を浪費してしまいます。   そもそも時間内に解ききれない 一問一問をじっくり時間をかければ解ける実力があったとしても、共通テストの限られた制限時間内では、文章を読むスピードと正確性が生死を分けます。一度読んだだけでは頭に入らず、同じ行を何度も読み返してしまったり、条件の読み違い(凡ミスに見える読解ミス)で最初から計算をやり直したりしているうちに、あっという間にタイムアップを迎えてしまいます。 理系だから国語は関係ない、数学ができればいい、というのは今の受験制度においては完全に誤りです。むしろ、高い理系センスを持っている生徒ほど、それを発揮するための「防波堤」であり「前提条件」でもある国語力がないために、入試本番で涙をのむ結果になってしまうのです。 だから国語の力を早くつけることが根本の解決策なのです。 ⇒ブログ「あと1年」では間に合わない?受験で差がつく本当の国語力を育てる「3年間の低学年からの国語学習コース」のご提案

2026年夏期講習のご案内

今年も夏期講習の季節がやってきました。 まず詳細を下記に掲載いたします。 ①講座「朝学!~4日間、学校の宿題を一緒にやろう!~」(2時間×4日) 小2~小4対象(自習形式) 7月中に夏休みの宿題を終わらせよう!涼しいところでできて、おまけに質問もできます。早く学校の宿題を終わらせて遊びに行きたい!というご家庭にぴったりの講座です。 時間:①7/21~24 ②7/28~31の10:00~12:00 いずれかのタームをお選びください 費用:2,000円 ②講座「識字力向上講座」(55分/回×4回) 小学2~4年生対象(1対1~3) 識字力とは、単に文章を読んだり書いたりするだけでなく、文章内容を正しく理解する力のことをいいます。夏休みの集中指導で言葉の力を伸ばしませんか?漢字の形、意味、語彙力を正しく身につけ、すべての教科の土台となる読解力を高める国語専門塾の特別講座です。 日時:※①と②のいずれかをお選びいただきます。 小学2年生: ①7/21(火)・7/23(木)・7/25(土)・7/28(火)の10:00~10:55        ②8/21(金)・8/25(火)・8/27(木)・8/29(土)の10:00~10:55 小学3年生: ①7/21(火)・7/23(木)・7/25(土)・7/28(火)の11:00~11:55        ②8/21(金)・8/25(火)・8/27(木)・8/29(土)の11:00~11:55 小学4年生: 8/1(土)・8/4(火)の10:00~11:55 費用:13,200円/4回 ③講座「読解力強化講座」(55分/回×回数相談) 小学生・中学生・高校生・既卒生対象(完全マンツーマン)(※対面かzoomどちらでも可) 読解の基礎となる読み方や設問の分析から解答を導く方法を指導いたします。 講習前のお話合いにより、どの文章ジャンルにフォーカスして指導を行うかもお決めいただけます。 読解力がないと感じている方も、今よりももっと高い読解力をつけたい方も、この講座で短期特訓できます。 日時:7/21~8/31 9:00~22:00 ※時間割にて指導日時をお選びいただけます。 費用:6,600円/回 ④講座「小論文講座」(55分×6回) 受験を控えた小学生・中学生・高校生・既卒生対象(完全マンツーマン)(※対面かzoomどちらでも可) 大学推薦入試における小論文対策や、中学高校入試における作文、小論文対策を行います。 この講座では、さまざまなテーマをもとに自分の意見を論理的かつ明確に伝える技術を習得 できます。 日時:7/21~8/31 9:00~22:00 ※時間割にて指導日時をお選びいただけます。 費用:39,600円/6回 また、今年度9月より小学2年~4年向けの個別指導カリキュラムを組みました。 こちらも後日発表いたします。

※医学部医学科三輪講師監修 医学部志望者に伝える「国語力という名の生存戦略」【愛知県日進市香久山の国語専門個別指導】

みなさん、こんにちは。 今回は、医学部医学科在籍の三輪講師に監修してもらい、ブログにしました。 個人的には非常に貴重な内容ではないかと思っています。 三輪講師曰く、「医学部は理系だから、数学と理科ができれば合格できる」 もし心のどこかでそう思っている人がいるのなら、それは、手術室にメスだけ持って入り、麻酔も止血鉗子も持たないような無謀な振る舞いと同じ、だそうです。 手厳しい…💦 なかなか過激な表現で始めましたが、確かに私自身多くの医学部生を送り出し、卒業して現場に出ている教え子達と話している中で言えることがあります。 それは、「医学とは、究極のコミュニケーション学であり、読解の学問である」ということです。 なぜ医学部において、そんなことが言い切れるのでしょうか。 そのエビデンスを、受験、大学生活、そして臨床現場という三つのフェーズから説明しましょう。 受験の現実 国語が「合否の防波堤」になる まず、目の前の入試についてです。多くの国立医学部では、共通テストの国語(200点満点)が課されます。二次の配点比率が高い大学もありますが、ボーダーラインが9割近くになる医学部受験において、国語での失敗は致命傷になります。 ここで見落とされがちな事実があります。大学にもよりますが、二次試験に配分される共通テストの数学(1A・2B)の合計点と、国語の配点がほぼ同等に設定されているケースが少なくないことです。 つまり、数学と同じだけの比重を持つ科目であるにもかかわらず、軽視されやすいのが国語なのです。 理系科目においては受験生同士の差が生じにくいくらいみんなハイクオリティで仕上げてきます。正直、数学や物理で差をつけるのは非常に難しい。 しかし、国語はどうでしょうか。 多くの理系受験生が国語を軽視し、対策を後回しにします。ここで安定して共通テスト現代文で8割、9割を取る「読解の型」を持っているとそれが理系科目で万が一計算ミスをした際の強力なバックアップ、いわば「防波堤」になります。 しかも、国語(現代文)の学習においては、こと読解力の習得という点で言えば、膨大な時間とコストがかかり、現代文の対策を後回しにした結果、受験までに間に合わない可能性が大いにあります。 筋肉がすべてのスポーツの基盤であるように、語彙力が国語の基盤です。その語彙力を身に付けるのに多くの時間がかかり、さらにそれらを使ってさまざまなジャンルの文章を読む力を少しずつ少しずつ身に付けていき、読むことができる文章レベルをゆっくりと少しずつ上げていきます。 国語力とは、コーヒーをドリップするようにじっくりと身に付くものなのです。 だからボーダーラインが9割近くになる医学部医学科受験において、国語(現代文)は、学習計画も含めて失敗が致命傷になることがあります。 加えて近年の入試問題の傾向を見ると、理科や数学の問題文自体が長文化し、複雑な条件設定を読み解く力が求められています。 「問いが何を求めているのか」を瞬時に、かつ正確に把握する力——これは国語力そのものです。 問題文の読み違えで失点する生徒は、数学ができないのではなく、さらにちゃんと読んでいなかった凡ミスでもなく、国語ができていない可能性も否定できないのです。 …ネガティブな話ばかりをしてしまいました💦 しかし、視点を変えれば、国語(現代文)ができるというのは他科目に比べ、大変に有利なんです。 国語は英単語や理科のように膨大な暗記を必要とする科目ではなく、一度読解の型を身につければ安定して得点し続けることができます。そのため、早い段階で基礎を固めておけば、直前期に国語学習に多くの時間を割く必要がなく、理科や数学にリソースを集中させることが可能になります。 まさしくこれは受験戦略上、非常に大きなアドバンテージになります。 大学生活:膨大な情報を「構造化」する力 晴れて医学部に合格したみなさんを待っているのは、長い歴史の中で人類が積み上げてきた膨大な医学知識との格闘です。解剖学、生理学、薬理学……。これらを単なる「暗記」で乗り切ろうとする学生は、必ずどこかでパンクします。 医学書を読み、最新の論文を読み解く際に必要なのは、情報の「構造化」です。「この症状の主因は何か」「それに対する仮説はどこにあるか」「論理的な飛躍はないか」——これらを判別するのは、国語の時間に培った「段落の関係性」や「論理構成」を把握するスキルです。 これは、まさしく当塾で行う「構造読解」にあたります。 構造読解の重要性は、「どんな文章をも読解できる汎用性のある論理的思考」であることに尽きます。 そして、当塾で行うもう一つの修英式読解メソッドである「論理読解」による「クリティカルシンキング」は、医学において批判的に読む姿勢を求められた際に最大限に生かされます。 患者さんの価値観や意向、最新の医学的エビデンス、医師の経験を統合し、目の前の患者さんにとって最適な治療を決定する医療の在り方であるEBM(Evidence-Based Medicine)では、論文のデザインやバイアス、統計的有意差と臨床的意義の違いを読み解く力が必要です。 これはまさに、文章の前提・主張・根拠の関係を分析する高度な読解力に他なりません。 膨大なテキストからエッセンスを抽出し、自分の知識体系に組み込む力。 このスピードと精度こそが、進級を左右し、国家試験の合否を分けるのです。 臨床現場:言葉は「診断」と「治療」の道具である 次に、医師になった後のことを想像してください。 医師の仕事は、患者さんの話を聞くことから始まります(問診)。 患者さんは必ずしも論理的に話してくれるわけではありません。不安、痛み、混乱の中で発せられる断片的な言葉の中から、隠れた真意を汲み取り、背景にある文脈を読み解く力が必要です。 これは、小説の読解で登場人物の心情を「客観的根拠」に基づいて推察する「論理読解」におけるプロセスと全く同じなのです。 医療ミスをして「患者さんの求めていることをつかみ取れなかったから仕方がない」では済みません。決して大げさではなく、読解力が人の生死を分けると言っても過言ではありません。 当たり前ですが、患者さんの背景が一様ではありません。 高齢者、幼い子ども、日本語に不慣れな外国人、あるいはコミュニケーションに障害を抱えた方など、医療現場では「正確に言語化された情報」が得られない場面が日常的に存在します。 例えば、高齢者では症状の表現が曖昧であったり、幼児ではそもそも症状を言語化すること自体が困難です。また、外国人患者では言語の壁が存在し、伝えたい内容がそのまま伝わるとは限りません。このような状況において医師に求められるのは、断片的で不完全な言葉の中から本質的な情報を抽出し、相手の感情や意図まで含めて理解する力です。 すなわち、「何が言われたか」だけでなく、「なぜそのように語られたのか」「その背後にどのような不安や訴えがあるのか」を読み取る力が必要になります。この能力は単なる知識ではなく、読解力と共感力に支えられたものであり、医師としての価値を大きく左右します。 名医は、例外なく高い読解力を有するのです。 さらに臨床では、得られた情報をもとに鑑別診断を構築する必要があります。どの情報が重要で、どの情報がノイズなのかを選別し、仮説を立て、検証する。この一連の思考過程は、文章読解における「主題の把握」と「根拠の整理」と極めて類似しています。すなわち、読解力はそのまま診断推論能力に直結しているのです。 医師にとっても、患者さんにとってもとても重要なインフォームド・コンセント(説明と同意)の場面を考えてみましょう。 専門用語を並べるだけでは不十分です。相手の理解度や感情に合わせ、最も適切な言葉を選び、納得感のある説明を組み立てる。これは単なる説明ではなく、「相手に伝わる形に再構築する」という高度な言語運用能力を必要とします。 さらに医療はチームで行われるものです。 看護師や薬剤師、他科医師との情報共有においても、曖昧さのない正確な言語化が求められます。カルテ記載一つをとっても、事実と解釈を区別し、簡潔かつ論理的に記述する力が不可欠です。 「言葉の処方」を間違える医師は、どれほど医学知識があっても、信頼を勝ち取ることはできません。 国語力とは、単に日本語を操る力ではありません。「論理的に思考し、他者の世界を正確に理解し共感し、自分の意志を誤解なく伝える力」です。 そしてそれが受験生全体にも求められている力です。 だから、共通テストでは、現代と大きく時代背景や思想が大きく違う近代文学に登場する人物たちへの共感が求められるのです。 良い医師を目指すために、みなさんにはどうか正しい国語力を身に付けてほしいと心から願っています。

見るだけ勉強は時間の無駄?国語専門塾が伝える、RASによる「手を使う」語彙力アップの科学【愛知県日進市香久山の国語専門個別指導塾】

今回は、国語(現代文)における学習で最も大事な一つである語彙力について書き留めたいと思います。 対象は、小学6年生以上になります。 小学生中低学年は別のブログでお伝えしておりますので、よろしければそちらをご覧ください。 賢い子に育てる家庭での会話【愛知県日進市香久山の国語専門個別指導塾】 - 修英塾 日進校 賢い子に育てる「最高の読み聞かせ~初級編~」【愛知県日進市香久山の国語専門個別指導塾】 - 修英塾 日進校 賢い子に育てる「最高の読み聞かせ~上級編~」【愛知県日進市香久山の国語専門個別指導塾】 - 修英塾 日進校 修英塾でも、小学生から高校生まで指導を行っていますが、国語(現代文)が不得意な子の共通点として語彙力不足が挙げられます。 で、これまた困ったことに多くの子が同じ覚え方をするんです。 それは、何度も読むという方法。 子ども達に「どうやって覚えたの?」と聞くと、「何度も読んだ」と誇らしげに言うのです。 ちょっと待って…💦見るだけで覚えられるの? そんなことができるなら、塾で学習する必要なくない? とかいろいろ考えてしまいます。 残念ながらこの方法、もっとも楽でコスパがよさそうに見えるのですが、はっきり言うと最悪の学習法です。 最近は東大生というブランドがSNSで多いに需要があるせいか、様々なシーンで見かけます。で、多分に漏れず私が眺めるSNSでも東大生が発信する勉強の仕方の動画コンテンツがたくさん流れてきます。 結構面白いので掘り下げて見ていくと、視聴者数狙いのインパクト重視で中身があまり伴わないコンテンツ以外は、ちゃんとみんな内容が共通しています。 決して目新しいものではなく、「そりゃそうだよね」という内容。 ズバリそれは、 さぼらずやり続けること 手を使って書くこと です。 面倒で、粘り強さが必要なためぱっと見今の時代に合っていないような印象を受けるのですが、結局真理はそういうことなんです。 確かに興味のある内容だったら、読むだけで頭に入ることもあると思います。 しかし、語彙に興味のある人なんて、物書きの人や国語に携わる我々のような人間以外はほぼ皆無(笑)。 だからこそ正攻法で語彙力を攻略する方法について、国語専門塾の立場と、科学的エビデンスを以ってお伝えしたいと思います。 「ペン先」が脳を強制起動させる~手は「露出した第二の脳」である~ 国語の成績が伸び悩む生徒の多くに見られる共通点、それは「語彙学習を眺めるだけで済ませている」ことです。英単語でも漢字でも、ただ言葉を視覚的に追うだけの勉強は、脳にとって「受動的な作業」に過ぎません。これに対して、ペンを握り、自分の手で文字を書き記す行為は、脳科学の視点から見れば全く異なる次元の運動なんです。 人間の手、特に指先には膨大な数の末梢神経が集中しており、脳の広い範囲と直結しています。カナダの脳外科医ペンフィールドが作成した「ホムンクルス(脳の中のこびと)」の図を見れば一目瞭然ですが、脳の運動野や体性感覚野において、手が占める割合は驚くほど巨大です。つまり、手を動かすことは、脳の大部分を直接刺激しているのと同義なのです。これを「手は露出した脳である」「手は第二の脳」などと呼ぶ所以です。 脳には、網様体賦活系(RAS)という機能があります。 これは、今の自分に必要なものだけを瞬時に仕分ける、いわば高性能なフィルターのようなものです。 脳は、目や耳から入る情報すべてをインプットするとパンクしてしまうため、RASが大切と判断した情報だけ脳に送るのです。脳は毎日、目から入る膨大な視覚情報を処理していますが、そのほとんどを「不要なノイズ」として捨て去っています。 つまり、ただ眺めているだけの言葉は、脳にとって「景色の一部」として処理され、記憶のゴミ箱へ直行してしまうのです。 しかし、書き込み作業はRASに「これは生存に必要な、重要な情報だ」と認識を改めさせます。フィルターが書き換えられるのです。このことで、脳は学習モードへと切り替わり、言葉を深く受け入れる準備を整えるのです。 ペン先から伝わる振動が脳を覚醒させ、集中力のギアを一段引き上げる。 この「脳の強制起動」こそが、語彙習得における最初にして最大のハードルを越える鍵となります。 「視覚」+「運動」のデュアルエンコーディング~二重の楔を打ち込む~ 語彙が定着しないと嘆く生徒に欠けているのは、情報の「多角的な入力」です。文字を目で追うだけの学習は、脳の視覚野という限定的なエリアしか使っていません。これは、試験本番の緊張感の中で「見たことはあるけれど思い出せない」という、最も悔しい事態を招きやすくなります。 そこで重要になるのが、専門用語でデュアルエンコーディング(二重符号化)と呼ばれるメカニズムなんです。 これは、ひとつの情報を「言葉(視覚・意味)」と「イメージや動き(運動)」の複数のルートで脳内に保存する手法です。手書きで語彙を覚える際、脳内では文字の形を捉える視覚情報に加え、ペンを動かす指の軌跡、筆圧、紙の質感といった「運動感覚」が同時に処理されます。つまり、一つの言葉に対して、脳の中に「視覚のインデックス」と「運動のインデックス」という二つの索引が作られるのです。 この二重のバックアップ体制が、記憶の強度を劇的に高めます。 例えば、記述解答で言葉に詰まったとき、「頭では思い出せないが、手を動かしてみたら自然と漢字が書けた」という経験はありませんか。 これは脳に刻まれた「運動記憶」が、視覚的な度忘れを補完した結果です。特に抽象的な概念語が多い現代文の語彙などは、意味を理解するだけでなく、その言葉を「自分の体の一部」として書き慣れておく必要があります。 また、手書きのプロセスには「声に出して読みながら書く」という聴覚の追加も容易です。視覚・運動・聴覚という三位一体の刺激を脳に送り込むことで、記憶の楔(くさび)は何倍も深く打ち込まれます。効率を求めてタイピングやアプリの選択問題だけで済ませようとする風潮がありますが、長期記憶としての定着率を考えるならば、アナログな「書き込み」に勝るショートカットは存在しないのです。 だからこそ、語彙力学習は「言葉も意味も全部書き出す、読む」ことが最も最強なんです。 「書くスピード」が思考を深くする~スロー学習の逆説的な効率性~ 現代の学習環境はタイムパフォーマンスが重視されますよね。 ただし、こと語彙の習得に関しては、その便利さが仇となることがあります。スマホの画面をスクロールする速さや、キーボードを叩くスピードは、人間の「思考の熟成速度」を追い越してしまうからです。これに対し、手書きという行為には、物理的な「適度な遅さ」が伴います。 実は、この「あえて時間をかけること」こそが、語彙を深く血肉化するために不可欠なプロセスなんです。 ノルウェー科学技術大学(NTNU)の研究などでも、手書きをしている最中の脳は、タイピング時に比べてより複雑で広範囲なネットワークが活性化していることが証明されています。ペンを動かし、文字を構成する一画一画を丁寧に綴っていく数秒間。このわずかな時間の猶予こそが、脳がその言葉の意味を咀嚼し、既存の知識と結びつけるための「熟考の時間」を生み出します。 例えば、「乖離(かいり)」という言葉を覚える際、ただ眺めるだけなら0.1秒で終わります。しかし、その複雑な画数を指先に意識しながら書き写す間、脳内では「離れるという意味だな」「対義語は何だろう」「あの文章で使われていたな」といった連想が、無意識のうちに幾重にも重なります。この情報の重なりこそが、読解力に直結する「生きた語彙力」の正体です。パッパと表面を撫でるような学習では、言葉の芯まで熱が伝わりません。 て多くの生徒を見てきましたが、一見遠回りに見える「書き取り」を愚直に続けた生徒ほど、模試の後半で粘り強さを発揮します。彼らは単に言葉を知っているだけでなく、その言葉を使いこなすための「思考の土台」が手書きによって強固に築かれているからです。スピード重視の現代だからこそ、ペンを手に取り、一字一字に魂を込めて脳に刻み込む。 無駄とも思えるその時間が、志望校合格を引き寄せる確かな実力へと変わっていくのです。  

低学年こそ国語の勉強が必要【愛知県日進市香久山の国語専門個別指導塾】

国語の学習は、「生きる力」を育むものだと個人的には思っています。 今回は「生きる力」について少しお話しましょう。 実は中学受験の学習は賛否両論ありますが、間違いなく「生きる力」を身に付けることができます。 中学受験で手に入る力 では、「生きる力」とは一体どのようなものでしょうか。 結論から言うとそれは、 ①グリッド ②レジリエンス ③一生物の学ぶ力 です。 具体的に説明しましょう。 ①グリッド=努力する力 です。 物事をなすのに、必ず努力が必要になります。関係ないですが、昨今、忙しい人が多く、コストパフォーマンスが良いものが世の中に受け入れられている傾向があるせいか、「15分で〇〇できるようになるたった一つの方法」のようなものがとても多いですよね。 しかし、世の中そんな単純で甘くありません。思考を重ね、歯を食いしばって頑張る力というのが身を結ぶ最善の方法であることは今も昔も変わらないのです。そうやって量をこなした人にしか効率、つまり質は身に付きません。 まさしく「量」は「質」を伴う、なのです。 ②レジリエンス=立ち上がる力 です。 これはいわば失敗から学んだり、挫折から立ち直りチャレンジし続ける力のことです。 挫折は誰にでもあることですが、失敗を修正して次に生かせる人はやはりそれだけ成功に近づけるものです。 特に、中学受験を志す子どもはこの力が極端に高い傾向にあります。 理由は簡単です。 中学受験特有のテストの多さがこの力を生んでいるのです。 まあ、テストで悪い点を取ったとしてもすぐに次のテストがあるので、「そこで頑張ればいいや」と開き直ることができますよね。これが結果的に強い心を生んでいるという訳です。 ③一生物の学ぶ力 成長するためにとても大切で、経験したことを言語化し、個別の案件から一般的な概念に抽象化し、広く汎用できるよう、自分の血肉とする力のことです。一般に言われる帰納法というものがこれです。 これがあってはじめて①と②が活きてきます。 国語力が生きる力につながる 実は、ここに必要な力が「国語力」なのです。 具体的事案を概念に抽象化する思考はまさしく「言語化」です。 例えば、テストで全教科思うような点数が取れなかったときに、言語化が乏しい子は 「勉強が足りなかった」 「ミスが多かった」 で済ませます。 しかしこれだと残念ながら次回も同じ結果になるのは予想できますよね💧 ところが、言語化が上手だと、勉強が足りなかったのは何が原因なのかを考え、勉強時間が少ないことに気づき、じゃあそれを増やすために何をするか、というように建設的に考えることができます。 ミスについても、原因を考えると、すべて同じ原因にたどり着き、それがミスではなく練習不足だったことに気づき、新たにピンポイントでその部分を練習する、と無駄のない学習にたどり着きます。 まさしくこれは言語化する「国語力」なのです。 国語力を身に付けることで、目標に向かってどのように進んでいくかを考え、うまくいかなければその都度修正を加え努力を重ねます。 その結果、やっぱりうまくいってもいかなくてもさらに見直しをして修正をかけていく…こうして成功を収めると、自分の中に確固たる自信や自己肯定感、実績が生まれます。めげない自己が確立されるのです。 なぜなら、「こうしたらうまくいく」という勝利の方程式が自分の中に確立されるからです。 そして、その文脈には必ず「国語力」がはたらいています。 国語の学習は、「生きる力」を育むものなのです。 そして、この力は低学年であればさほど苦労せずに習慣で身に付きます。 しかし実際には、小学校の低学年で力を入れているのは、国語ではなく算数の計算、という方はとても多いですね。 もちろんそれ自体は悪いことでもなんでもないのですが、計算も究極は「言語化」だと思っています。 なぜそのような計算過程をたどるのか その数字が適正なのか なぜそのような書き方をするのか などを考えて計算をすることがとても大切です。 つまり、すべての思考のもとは「国語力」なんです。 低学年のうちに言語化する思考癖を持っているとその後の成長が著しいことは間違いありません。 学年が上がってくると、修正がききにくくなってきます。 そういう意味で低学年から、国語の学習を始めることはとても理にかなっているのです。 国語力がもっとも大切という塾講師の本音 最後に、2025年のダイアモンドオンラインニュースにあった面白いニュースをご紹介します。 知窓学舎の塾長で、教育ジャーナリスト、多摩大学大学院客員教授である矢萩邦彦さんが寄稿された記事です。一部転載いたします。 「塾の授業についていけない、どこが分からないのかも分からない子は、まず、国語力を鍛えましょう。どの教科も根本的に分かっていない子は、国語でつまずいている場合が多いからです。 先生が言っていることが理解できない、教科書に書いてあることが分からない、何を問われているのかも分からない、といった子は、中学受験をする層にも結構います。親が気づいていないだけです。 そういった最低限がきちんとできるようになると、ようやくどの教科も伸びる可能性が出てきます。 つまり、国語のテストで点数を取るための国語ではなく、それより手前の国語力が大切。 それを身につけるには、子どもが主体的に意見を言って、大人がきちんと対話することが必要です。 これは、10人以下の授業ではできても、大人数の授業では難しくなります。」(一部抜粋)というものです。 後回しにされやすい国語という教科は、実はもっとも根源的であったという話です。 算数の多くの単元は、文章によるものです。これは文字通り文章による問題であり、文章の意味をきちんとつかめず、暗記で解法を覚えていては本当に「解ける」とは言わないでしょう。応用問題にも対応はできません。 しかし、文章の意味も解法の理屈も言葉できちんと理解していれば解けるのです。 現に私自身大手進学塾にて指導をしていたときに、こういったことはよく目にしました。小学生のみならず、中学生でも受験学年後半に入り、劇的な成績の伸長を遂げる子がいます。そういった子達の成績をまとめると、さまざまな要素がありますが、国語ができるという共通点があったのです。 さらに私自身、大手進学塾にて中学受験を志す子達を見た経験から、「今、大手塾に通っている生徒の二人に一人は、カリキュラムについていけない現状がある」という著者の意見にまったくもって同じ意見です。 ついていけない、もしくは難しいと感じているほとんどの場合、算数が原因です。 これは愛知県の傾向ではなく、全国的なものです。もちろん、本当に数に対して弱いという性質もあるかもしれません。しかし、その原因に読解力不足が隠れていることも頭のかたすみに入れておいていただきたいのです。

2026年度東海中学入試問題分析と対策【愛知県日進市香久山の国語専門個別指導塾】

さて、今年も東海中学の入試が終わりました。みなさんお疲れさまでした。 戦い切って疲れたかと思いきや、全力で卒業までは遊び倒すタフさよ。 小学生のもつエネルギーは凄い、の一言です。 さて、東海中学入試問題の分析結果をのせていきます。 データから見ていきましょう。 合格者平均の推移 合格者平均点が2025年度は63.5点、2026年度は69.6点とここ10年の中では最高点となっています。昨年から約6点も上昇していることからもかなり易化していることが分かります。最高点も、昨年度は87点だったが、今年度は95点と8点もアップしています。 そしてこの傾向が4年連続で続いています。 例えば、合格最低点が2023年から2026年まで連続で229、237、242、247点と連続で上昇しています。国語だけで見ても合格者平均が54.9、51.9、56.3、61.7点とどんどん上がっているのです。 国語の合格者平均が過去10年で最高点ということは、これまでで最も難易度が低い問題だったことが言えます。 合格最低点は247点なので6割ちょっとでの合格になります。 国語の平均点の推移と4教科全体の平均点の推移がとても似ています。 他教科はそれほど似ていないのに。 これはいったい何を意味するのか。国語の難度が入試の難度に直結するのではないでしょうか。算数は例年60点前後で合格者平均が推移しており、大幅な上下がありません。理科社会も高得点で推移しています。国語が一番振れ幅が大きいのです。 つまり、国語が易化して取りやすいときは、必ず国語で取ることが求められるということなのです。算数は全国的にも難しい問題が多いため、受験生の間にあまり差が生じません。理科社会はその逆で問題が簡単なため、逆に合格する子たちの中ではあまり差がないのが現状です。そうすると、合否のカギを握るのは国語の点数なのではないでしょうか。 …とまあ、少し大仰に書いてしまいましたが、あながち真実かな、と感じることが多々あります。ある一定ライン以上国語能力がないと合格できないような…そんな気がします。あくまで経験則ですが。 さて、分析の続きをしていきましょう。 易化した部分をもう少し掘り下げていきます。 論説文 今年は論説文が物語の後に来ていました。まあ、それほど気にする必要もないのでしょうが…。柳瀬博一『アンパンマンと日本人』からの出典です。アンパンマンは、人間にある普遍的な利他性を結実させたものであり、やなせたかしの「心からの利他、目の前の人を助けたいという視座を根源とした思想」を形にしたものだということが論旨になります。全体としてかなり易化していますが、一つだけ例年通り解きにくい設問がありました。前出の小説と比較してその共通点を理解しているかどうかを問うスタイルを取り入れている設問です。首都圏では公立中高一貫の適性検査などを中心によくある形式ですが、愛知ではそれほどありません。ここで問われる力は「論旨をとらえる力」です。大意と言ってもよいかもしれません。文章の細部だけ読み込む傾向の強い小学生にはかなり荷が重い問題だなぁと思います。   小説 文章自体もそうですが、昨年度より易化しています。選択肢問題、記述問題ともに簡単になった印象です。難問は一つもありませんでした。ただ、「語彙力がない子どもを振るい落とす学校」であることは変わらず、言葉の知識はおろそかにできない印象です。出典は、藤ノ木優『スウィッシュ!』。裕福な家庭に生まれ、なんとなく生きてきた主人公愛奈と、貧しく大変な暮らしをしていても明るく前向きに生きて、不利な状況に挑戦し、気持ちの強さでそれを乗り越えていく羽瑠がバスケットを通して心を通わせていく物語です。東海にしては、珍しく大衆的で共感しやすい「挑戦」がテーマ。 挑戦無くして成功なし、という考え方に共感できる人であれば問題は解きやすいものになっていました。朝日新聞のコラムを掲載して共通点を見つけさせる設問が一つでていたので、前述の論説文と併せて「論旨をつかむ」練習は必要になりますが、全体的に随分簡単でした。 対策 物語文 「うれしい」「かなしい」といった単純な感情ではなく、複数の感情が入り混じった相反する心理を言語化する力が必要になります。一言で言い表せるようなものだけでなく複雑な感情を読み取る練習が必須です。 東海中学の選択肢問題は難度が高い傾向があります。 傍線部の前後10行以内に答えがあることがほとんど(文全体から考える問題は違います)なので、そこに書かれていない内容を選ばないようにします。 論説文 環境問題やアイデンティティについて書かれていたり、人間の根源的な精神について書かれている文章が多いです。 そのジャンルの文章に慣れることも必要ですが、分析のところでもお伝えした「文章の論旨をとらえる」力が何より必要です。 文章における筆者の主張をまとめて要約する練習などは、ある程度文章が読めるようになったら効果があると思います。

2026年度合格実績【愛知県日進市香久山の国語専門個別指導塾】

個人塾なのでそんなに大人数ではありませんが、今年もたくさんの合格が出ました。 修英塾を卒業した人も、そのまま残った人も、みんなちゃんと巣立っていきました。 こうやって子どもやご家庭のために働けることはとても幸せなことだなぁとしみじみ感じます。 子ども達には、どこの学校に行っても、「努力し続けられた」という事実は変わりません。 誇りを持ってほしいと思います。 そして、その高い能力を自分だけのためではなく、世のため人のため日本のため世界のために生かしてほしい。より良い世の中を作っていくために皆さんの力が必要だという自覚を持って新たな世界を作っていってほしい。 そう、心から願います。 【合格】 大阪大学 名古屋市立大学 同志社大学 立命館大学   東海中学 滝中学 鶯谷中学(特奨Ⅰ) 愛知淑徳中学 名古屋中学 愛工大名電中学 愛知中学 春日丘中学 椙山女学園中学 星城中学 名古屋葵大学中学(特奨Ⅱ)

東海中学入試問題 国語における特徴的な選択肢問題【愛知県日進市香久山の国語・化学専門個別指導塾】

東海中学を受験するみなさんへ 少しでも受験生の助けになれば、と思いちょっとしたつぶやきです。 東海中学の入試問題には、特徴的な選択肢問題があります。 例えば2019年の物語文における選択肢問題です。 東海中学生が本文についてあれこれとディスカッションするものを選択肢にした問題です。 問題は割愛しますが、 本文では、思ったよりも好成績だったピアノコンクールの結果に納得している娘に対し、母親はプレッシャーをどんどんかけようとしてきます。それに対し、父親は娘に対し一定の理解を示すようなシーンがあります。 これに関する選択肢問題が非常に東海中学らしいな、と思うのです。 一般的に考えれば、母親に対するネガティブな感情と父親に対するポジティブな感情が謳われている選択肢を選ぶのがよいように見えますが、ここにいかにも東海中学らしいエッセンスが包み込まれています。 実は、この選択肢問題の解答は、母親に対してポジティブ、父親に対してネガティブな感情を謳ったものなのです。 一体どういうことでしょうか。 それは、本文をよく読むと、一見娘に対し一定の理解を示しているようなセリフが「いかにもまともに聞こえる」だけで、実はまったく娘のことを理解していなかったことが分かるのです。 本文をちゃんと読んでいる子は特に悩まず解けますが、「思い込み」で読んだり、解いたりする癖のある子は要注意です。 これは、世間一般にありがちなイメージの「子どもを追い詰める母と子どもに理解を示す父」の構図であり、さらりと読むと気が付きにくいものです。でも、実際のところは、子どものことを分かってはいるけれど、さまざまなプレッシャーや焦りによって子どもを知らず知らずに追い詰めてしまう母と、子どもをよく見ていない無関心な父とのやりとりです。 一般的に考えるとこうだよね、という思い込みに「本当にそうなのか?」と疑問を持てるかどうかを問う問題です。 東海中学にはこのような問題提起がままあります。 例えば、入試問題の本文でもそのような文章が過去に出題されました。 いわゆるステレオタイプと言われる、「世間一般的にはこうだよね」という考え方についての内容で、外科医は男性、という一般的な思い込みを覆す女性医師の話題でした。 一般常識を疑う力、ただの自己主張ではなく、一方的な意見に惑わされない真贋を見極める力を持った子どもに入学してほしいという、多様性を重んじる学校側の強い思惑が見て取れます。 そこを逆手にとる過去問対策だってあります。 どうしても迷う問題はあります。 過去問を解くときにそういう視点を持って当たると状況が打破できるかもしれません。  

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